IN THE MOUNTAIN |and wander|
2025年の秋に屋久島の山を旅した写真家の根本絵梨子さんとフィルムメイカーのエリナ・オズボーンさん。縄文杉、九州最高峰の宮之浦岳を経て海まで下るというロングルートをハイクした。生まれ育った国も文化も、言葉も違うふたり。屋久島の自然の中で何を感じ、お互いからどんなものを学び合ったのだろう。
屋久島とニュージーランド、
自然の深い繋がりを探して。
山や自然をテーマに作品を発表し続ける写真家の根本絵梨子さん。これまで様々な人と一緒に旅をしてきたが、近年、一緒に歩くことが多いというのがニュージーランド出身のフィルムメイカーのエリナ・オズボーンさんだ。2025年には北海道の大雪山を北から南まで大縦走。それぞれ写真と映像でその冒険を記録してきた。
「エリナと初めて出会ったのも、山だったんです。ある夏、北アルプスを長く縦走していたとき、双六小屋で出会ったんです。話すうちにお互いニュージーランドのロングトレイル「テ・アラロア」を歩いた経験があると知って、それが仲良くなるきっかけになりました」(根本)
テ・アラロアはニュージーランドのロングトレイルの中でもひときわ距離が長く、厳しい道のりで知られる。ニュージーランド人でも簡単には歩けないトレイルに挑戦したと知って、エリナさんも驚いたのだそう。
「ネモちゃん(根本さん)と知り合ってから長距離のトレイルを何度か一緒に歩くうち、だんだん絆のようなものが生まれてきたんです。私たちはお互い、日常から切り離されて、自然の世界と深くつながるという行為が好きだし、とても心地いいと感じます。その共通点があるので、ネモちゃんと一緒に歩き、冒険することがとてもナチュラルに思えるんです」(エリナ)
夏に3週間北海道を旅しながら知床や大雪山を縦走したふたり。今度は秋に屋久島の山を歩こうと思ったのは、なぜだったのだろう。
「お互い屋久島は訪れたことがあったのですが、私は短い滞在で、島の自然を深く知ることができなかったんですね。エリナも以前の滞在中は天気が悪くて、残念だったという話を聞いて。それでもう一度ふたりで行って、今度は長く山を歩こうということになったんです。あとエリナが、屋久島の自然はどこかニュージーランドと似ていると言っていたことも気になっていました」(根本)
「オークランドの北東沖にグレート・バリア島という手付かずの自然が残る島があって、島の面積の6割以上が自然保護区に指定されているんです。屋久島はどこかその島を思いこさせる場所で。海と森、山があるという自然の風景はもちろん、そこに暮らす人々のやさしい気質やゆったりとした生活のペースがとても似ているなと感じます」(エリナ)
さらに縄文杉もまた、エリナにとって特別な木を思い起こさせる存在だそう。
「ニュージーランドの北島にあるワイポウア森林保護区には、タネ・マフタというカウリの巨木があって、現存する最大のものの樹齢は2000年とも言われています。タネ・マフタマオリ語で『森の神』を意味しますが、屋久島の縄文杉もまた、古くから今に至るまで人々に崇敬されてきました。そうした部分にも両者には深いつながりがあると感じてきました」(エリナ)
山で迎えた朝、満月の温泉、忘れられない時間。
かくして始まったふたりの屋久島旅。冒険を愛するふたりが選んだルートは、こうだ。鹿児島から高速船に乗って、安房港に到着。島の東側にある荒川登山口から歩き始め、縄文杉を経て、新高塚小屋泊。翌日は日の出前から歩き出し、宮之浦岳へ向かう稜線の途中で日の出を迎えた。
その後は永田岳、黒味岳と山々をつなぎ、淀川小屋で一泊。多くの人は小屋近くの下山口からタクシーで町まで帰るが、そこは冒険好きのふたり。あえて徒歩を選び、6時間ほどかけて島の南部、海のそばの尾之間集落まで歩き通した。
「これまでふたりで経験してきた山行を考えると2泊3日という行程は短いのですが、毎日どんどん風景が変わって、実際よりずっと長く時間を過ごしているような気がしました。登山口から縄文杉までは昔林業のために使われていたトロッコ道を歩くのですが、そうした遺構を見ながら歩くのも新鮮でした。2日目は気持ちのいい稜線歩きですが、屋久島の山には巨岩や奇岩がたくさんあって、本州の山とは違うダイナミックさがあります。標高が下がると南国らしい鬱蒼とした森や川があったり、飽きるということがなかったですね」(根本)
エリナさんは2日目に見た朝の風景が忘れられないという。
「すごく朝早く山小屋を出発したんですけど、見晴らしのいいルート上でちょうど日の出の時間を迎えて。暗闇の中を登っていたら突然視界が開けて、屋久島の全景が見えたんですね。昇り始めた太陽が黄金色の光線を放って、空はピンク色に染まっていました。その瞬間に島の広大さと、私たちと取り囲む深い森を実感できて感激しました。本当に美しい時間でした。山の上にある巨岩も印象的で、まるでそれぞれ岩に生命が宿っているようで、彼らが話しかけているかのようでした。ふたりでたくさん岩の写真も撮りましたね」(エリナ)
もうひとつ、ふたりが挙げた思い出がある。
それは少々苦いもの。
「淀川登下山口から尾之間集落に下山するルートはあまり歩く人がいないので、静かなハイキングが楽しめるかなと思っていたのですが、ヒルが多くて!少しでも立ち止まるとヒルが足に這い上がってきたり、木の上から落ちてきたりするので、駆け抜けるように下山しました(笑)」(根本)
「私はヒルに吸血されたのが初めてで、あれはもう人生で一番の戦いでした……。下山後にソックスを脱いだら血だらけで、本当に気持ち悪かったですね。北海道の山ではヒグマに遭遇したこともありましたけど、ヒルのほうがよっぽど怖いです(笑)」
表現者・冒険者としてリスペクトし合う、良きバディ。
山の旅を終えてからも、ふたりは川で泳ぎ、森を散歩し、海から湧き出る野湯に浸かり、のびのびと自然を楽しんで過ごした。旅を終えて、改めてふたりに一緒に旅する楽しさを聞くと、こう返ってきた。
「エリナは広大な風景が好きで、稜線なんかではよく立ち止まって写真を撮るのですが、ミクロな視点も持ち合わせていて、特にコケと水が好きなんです。それはきっとニュージーランドの自然に根付いているものなのだろうなと思っていて、彼女の視線を追っていると、私も新しい発見をもらえるんです」(根本)
それを聞いたエリナさんは、とても喜んでいた。
「自然の中を歩くとき、ネモちゃんはいつもすごく細かい部分に注意を払っていて、小さな植物も見逃さない。一緒に過ごす時間が長くなるほど、私の中にもそうした感覚が芽生えて、どんどん強くなっていると思います。お互いのエネルギー、感性が刺激し合うような感じです」(エリナ)
今回の旅は屋久島の魅力をすべて凝縮したような、いわば“黄金ルート”。もし再訪することがあるなら、ふたりはもっと冒険してみ体のだとか。
「屋久島の地図を見ていると、一般登山ではない波線ルートや、今はもう人がほとんど歩かない旧道がたくさんあるんです。いつかそうした道を歩いてみたいなと思っています。エリナと旅する醍醐味はやっぱり冒険で、道なき道や薮に覆われたルートを歩くとき、エリナはすごくパワフルで、アドベンチャーを全身で楽しんでいることが伝わってくるんです。ふたりだからこそ歩けるルートを探したいですね」(根本)
「薮こぎは、キーウィ・ブラッド(ニュージーランド人の血)ですからね!未知の領域に入ると自分がどこにいるかを真剣に考えざるを得なくなって、一歩一歩、その瞬間に意識を集中させるでしょ。そんなときが一番ワクワクするんです。屋久島には縄文杉よりもっと古い杉があると聞きました。いつかそんな老木に会えたらいいなと夢見ています」(エリナ)
根本絵梨子 Eriko Nemoto
写真家。 2012年富山大学芸術部科学部在学中にオーストラリアに留学し、写真を学ぶ。 大学卒業後、代官山スタジオ勤務。 2016年よりフリーランスの写真家として雑誌や広告などで活動する。ファッションやポートレートなど他分野で活躍する傍ら、山や自然をテーマに作品を発表し続ける。
エリナ・オズボーン Elina Osborne
フィルムメイカー。ニュージランド生まれ。2019年にアメリカのロングトレイル、パシフィック・クレスト・トレイルを歩いたことをきっかけにスルーハイクへの情熱を燃やし、世界各地の山やトレイルを歩きながら映像制作を行う。現在は日本に暮らしながら、自然や文化、人を対象に作品づくりを行う。
Instagram : @elinasborne
